世界のヒバクシャはいま

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報告:アルジェリアで初の「核実験に関する国際会議」開催

アルジェリアでの仏核実験ヒバクシャの補償に向けた第一歩

 振津かつみ

アルジェリア初の「核実験国際会議」開催の経緯

 これまでに世界中で2000回を越える(うち大気圏内は500回あまり)核実験が行われ、とりわけ、核保有国に抑圧されてきた植民地の人々、先住民、少数民族へ、放射能汚染と被曝が押しつけられてきました。これら核実験のヒバクシャの多くは、軍事機密として情報が隠蔽される中で、汚染や健康被害を明らかにすることすら難しく、救済や補償も受けられない状況が続いています。

 

会議に参加した海外からの代表たち(インネケル核実験場前で

 米ソに遅れて核兵器保有国となったフランスは、旧植民地アルジェリアでの1960年2月13日の最初の核実験の以降、サハラ砂漠で計17回(大気圏4回、地下13回)の核実験を行いました。アルジェリアでは1962年の独立後も、当時のアルジェリア政府との間で、サハラ核実験場使用に関する「合意」が秘密裏になされたといわれており、1966年まで実験が続けられました。そして1967年以降は、南太平洋にある仏領ポリネシアのモルロア環礁などで、1996年1月までに計193回(大気圏46回、地下147回)の核実験を行いました。

 フランス本国では2001年に「フランス核実験退役軍人の会」(AVEN)が結成され、フランス国内の核実験被曝退役軍人への軍人恩給を要求する裁判が闘われ、2003年以降、地裁では原告側の勝訴判決がいくつか勝ち取られてきました。仏領ポリネシアでは2001年に被害者団体「モルロア・エ・タトゥ協会」が結成され、2004年に核実験反対とポリネシア独立を主張してきたオスカー・テマル大統領が就任してから、ポリネシア政府としても核実験被害者調査を行い、フランスとの補償交渉を進めてきました。(しかし、今年2月末の投票でテマル大統領が保守派に破れ、核実験被害者の運動は再び危機に立たされています。)

 アルジェリアでは、当時核実験場で働いていた人々、遊牧民(ベドウィン)、近隣のオアシスで生活している住民(トワレク族など)、放置された汚染機材の管理や転売買にかかわった人々が、被曝したと考えられますが、核実験による汚染や被曝の実情、どれだけの人々が被害を受けたかすらも把握されていないのが現状です。フランス本国やポリネシアでの核実験ヒバクシャの運動に一定の前進がみられたこと、また2003年に、独立後初めて仏大統領がアルジェリアを訪問し、フランスとアルジェリアの政府間で、130年間にわたる過去の植民支配への補償問題がやっと外交問題としても表に出始めてきたことなどから、アルジェリアの核実験被害者への補償交渉も進められる可能性が出てきました。そのような中、今年2月13—14日、アルジェリア政府主催による「世界の核実験に関する国際会議:アルジェリア領サハラの場合」が、首都のアルジェで開かれました。核実験についての国際会議が、アルジェリアで持たれるのは、今回が初めてのことです。また今回の国際会議は、その開催に向けて昨年来、アルジェリア政府や研究機関に働きかけを続け準備を進めてきた、フランスの反核活動家ブルーノ・バリオさんの努力が大きな下支えとなって実現しました。

 

「何も知らされずに核実験場の作業に従事した」と証言するトワレク族の代表

■「何も知らされずに核実験場の作業に従事した」と証言するトゥアレグ族の代表  

 

 これまでもポリネシア、アルジェリアの仏核実験ヒバクシャとの連帯と交流を進めてきた原水禁からの要請を受け、日本からは広島被爆者の坪井直さん、真下俊樹さん(フランスのエネルギー・ 核政策研究家、コーディネータ兼通訳)とともに、振津が招聘され参加しました。 

会議で確認されたヒバクシャの国際連帯

 二日間にわたって行われた会議には、アルジェリアの各地から、元兵士、実験場周辺住民、医師、研究者、政府関係者、一般市民、ジャーナリストなどが多数(1日目は300名あまり、2日目はその半数くらい)参加しました。核実験場の周辺住民代表や、実験場の汚染物処理に携わった元アルジェリア兵士からは、放射能の危険性も知らされずに実験場で作業をし、また実験場近くで長年暮らしてきたこと、仲間の作業者や兵士の健康悪化などが報告の中で訴えられました。

 国外からは、日本の私達の他、米、仏、オーストラリアの反核と核実験被害者支援に取組む活動家や医師、ポリネシアの被害者団体「モルロア・エ・タトゥ協会」の代表、フランス本国の被曝退役軍人などが参加し、米英仏による核実験とその被害の実情、補償を求める被害者の運動の現状、これまでに米国などで勝ち取られた補償法などについて報告がされました。

 広島被爆者の坪井さんは、「このような核の悲惨な被害を二度と繰り返してはならない。世界のヒバクシャが手を結んで、戦争や核被害のない世界を実現させましょう。」と力強く訴え、拍手はなかなか鳴り止まず、参加したアルジェリアの被害者の大きな共感と支持を受けました。発言の後も多くの参加者が坪井さんのところに集まり、思いを語り、握手を求めているようすに、世界のヒバクシャの強い絆を感じました。

「二度と核の悲惨を繰り返さぬよう、ヒバクシャが手を結ぼう」と発言する坪井さん。左は通訳をるす真下さん。 

アルジェリアのヒバクシャ(核実験場での作業に従事した元兵士)と交流する坪井直さん。

アルジェリアのヒバクシャ(核実験場での作業に従事した元兵士)と交流する坪井直さん。 

 主催者から私へ課された報告課題は「今日の日本における被爆者の被害調査—被爆者の健康状態、医療保障、後世代影響、法制度の問題」で、今後フランスに対して補償を求めるにあたって、日本の被爆者の健康被害や医療などを含む施策の歴史と現状について、大きな関心が寄せられていることを強く感じました。

 今回の会議はアルジェリア政府の主催でもあり、限られた会議プログラム中で十分な議論を行うことはできませんでしたが、その中でも現地の被害者と多少なりとも直接に交流することができたことは大きな意義があったと思います。会議全体としても、ヒバクシャの連帯と国際的なつながりの中でアルジェリアの核実験被害者の問題をとらえてゆこうという視点が強調されました。会議の最後には、主催者から「会議からの提言」(下記の項目参照)が発表され、今後の被害調査や補償要求について取組みへのアルジェリア政府の前向きな姿勢が感じられました。

核実験場跡の深刻な汚染の実態

 会議後の15、16日には、外国からの参加者、国内外のジャーナリストは、会議の主催者とともに、南部のサハラ砂漠の都市タマンラセットに飛行機で移動し、さらに車で北上したところにあるインネケル実験場跡へ見学に行きました。(サハラ砂漠には、もうひとつ大気圏核実験を行ったレガンヌ実験場があります。)

 大きな岩山にトンネルを掘って実験が行われた核実験場が、タマンラセットから首都アルジェに続く幹線道路沿いからすぐのところにあるというのに、まず驚かされました。「危険地区」と書かれた立ち入り禁止の金網の中へ案内され連れ行かれたのは、1962年の実験で使われたトンネル跡です。この実験では生成した放射能の1割近くが漏れ、1万トンもの放射能に汚染した土砂がトンネルから吹き出す事故を起こしたとされています(2005年IAEA報告)。すでに封鎖されているトンネルの入口付近に徒歩で近づくにつれ、持っていたサーベイメーター(γ線を測定)の値が着実に上がって行くのがわかりました。そして、トンネルからまるでマグマのように吹き出した爆発物が岩山に帯状にそのまま残っている場所に近づくと、その付近ではバックグラウンドの1000-2000倍の空間線量(最高83mSv/h)が測定され、同行していたアルジェリアの核研究所の研究員も、思わず「危険だから早くここから引き返そう」と、慌て出す始末でした。実験当時は、もっと汚染がひどかったと考えられ、その後の管理のずさんさを目の当りにして、絶句してしまいました。そしてフランスの無責任さに改めて強い怒りを感じました。

 近くの集落(当時の人口が2000人、今は6000人ほど)のトワレク族の元市長(40歳代)に話しを聞くことができました。住民が核実験が行われていたことを知ったのは、ほんの10年前だとのことです。

核実験場の周辺。「危険区域」の表示と金網は、2000年にやっと設置されたもの。

核実験場の周辺。「危険区域」の表示と金網は、2000年にやっと設置されたもの。 

世界のヒバクシャ、反核運動と連帯し、核実験全面禁止とヒバクシャの補償を求めよう

 アルジェリアでの核実験による放射能汚染、環境や生態系への影響、被害者の健康被害などの実態を明らかにする作業は、まだまだこれからです。また実際に補償問題を進めるにあたっては、フランスとの外交関係のみならず、アルジェリア国内の部族間の問題など、「一筋縄」ではゆかない様々な政治的、歴史的問題もあるようです。日本の私達も、今後も世界のヒバクシャ、反核運動と連帯し、核実験の全面禁止を求め、アルジェリアのヒバクシャをはじめ世界のヒバクシャを支援し、その被害を明らかにさせ補償を求める運動を前進させましょう。

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[国際会議の提言より]

 

  1. 今回のような催しを今後も行い、この問題に関する証言と資料の収集を続ける。 
  2. アルジェリア・サハラ砂漠におけるフランス核実験・核爆発に関する保管資料から「軍事機密」の封印を除去し、研究者・専門家の基本資料とする。 
  3. 放射線の人体、動植物、ならびに実験場の地質構造への影響について、専門研究所による突っ込んだ科学的研究を行い、レッガヌおよびイネケール実験場の放射線生態学的分析を行う。 
  4. 関連する様ざまなセクターや国立研究所相互の協力体制を整備し、アルジェリア・サハラ砂漠におけるフランス核実験・核爆発に関わるあらゆる側面に効果的に取り組む。 
  5. 歴史および法的側面の取り組みを強化し、民間人や軍人が「モルモット」として使われたとされる問題の真相を究明するとともに、包括的核実験禁止条約に被害者の権利保障を定めた議定書の追加を提案する。 
  6. 核実験被害者NGOの相互協力を促進・強化し、協力関係を関係するすべての諸国に拡大する。
  7. フランスに対し、アルジェリア・サハラ砂漠における核実験によってもたらされた次のような被害すべての補償を要求する。
  • すべての核実験場の位置と境界の明確化
  • 放射性廃棄物処分地の正確な位置の開示   
  • 仏領ポリネシアや世界各地で行われているような、核実験場の監視体制の確立に対する貢献
  • すべての核実験被害者に対する補償
  • アルジェリア人除染専門家の養成に対する貢献

  (訳:真下 俊樹) 

(本稿は原水爆禁止国民会議発行「ニュースペーパー」2007年5月号より転載させていただきました。)

 

 

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