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サハラ砂漠でのフランス核実験被害:新たな証言映画がフランスで封切り

フランスの原爆実験が残した傷跡を扱った新しい映画が、2009年2月11日にフランスで封切りされました。

サハラ砂漠でのフランス核実験被害を描いた新作映画「青トビネズミ」で証言する元フランス軍兵士。
■サハラ砂漠でのフランス核実験被害を描いた新作映画「青トビネズミ」で証言する元フランス軍兵士リュシアン・パルフェさん

「青トビネズミ」(Gerboise Blue。90分)というこのドキュメンタリー映画の題名は、フランスが1960年2月13日に行った最初の核実験のコードネームから取られています。この核実験は、アルジェリア領サハラ砂漠西部のレッガンヌという街の南約50kmの大気圏で行われ、爆発の威力は60~70キロトン(広島型原爆の4~5倍)といわれています。フランスはその後もアルジェリア領サハラ砂漠で、1966年まで計17回の核実験を行いました。

監督は、ジャメル・ウアハブという若いアルジェリア系フランス人で、シナリオライター、俳優、監督として、北アフリカ、オーストラリア、アメリカ、フランスなどですでに多くの作品を発表しています。1999年には、家族を養うために麻薬の密売に手を染めるフランス在住移民の若者たちの実態を捉えたドキュメンタリー「禁じられた法廷(Cour interdite)」を発表し、注目されています。

映画は、この核実験に参加した2人のフランス軍元兵士の証言を中心に展開します。ひとりは、1962年5月にイネケールという実験場で起きた地下核実験の過大威力事故で被曝して顔半分が奇形となり、これまで様ざまな手術を数十回も受けきたリュシアン・パルフェさん。もうひとりは、肺の内部被曝と脊髄の老化昂進を患い、モルヒネと抗うつ剤でようやく生きながらえてきたガストン・モリゾさん。ふたりとも、これまで何度も国の補償を申請しましたが、科学的な因果関係が不充分として却下されてきました。

映画ではこのほか、トゥアレグ族と呼ばれる砂漠の遊牧・交易民も「核実験以来、人間や家畜の奇形が増えた」と証言しています。地元の公立病院の医師も登場し、放射線障害と関係があると思われる疾患が経験的に多いと述べていますが、それを立証するために必要な核実験関連のデータがないため、調査の進めようがないと悩みを打ち明けています。定住民のひとりは、フランス軍が撤退するさいに捨てて行った大量の機材が、放射能や化学兵器、生物兵器を開発するためのもので、汚染がいまも残っているのではないかと心配しています。

アルジェリアのモハメド・ベジャウイ外務大臣は、これまでこうした問題が再三伝えられているにも関わらず、フランス政府から何らかの申し出があったことは一度もなかったと述べています。これに対して、フランス国防省の広報員は「これまでアルジェリア側から何の問い合わせもなかった」と反論していますが、同時に「この問題について、フランスはいつでもアルジェリアとの交渉に応じる用意がある」とも述べています。

2月11日パリで封切り後、フランス全国の劇場で上映。各地で上映後、監督を交えた討論会も予定されています。

こちらで映画の一部が見られます。

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