被曝労働で亡くなった喜友名 正さんの悪性リンパ腫労災認定、フランス核実験ヒバクシャ運動も注目
全国各地の原子力発電所や核燃料施設で検査員として働き、悪性リンパ腫で2005年に亡くなった喜友名正さんの労災申請が、今年10月、日本で初めて認められました。これは、日本で40万人ともいわれる原子力施設の被曝労働者への補償を前進させる大きな一歩となりました。
しかし、喜友名さんの悪性リンパ腫労災認定の影響は、日本国内にとどまらず、国外でも注目を集めています。このニュースを英文にまとめて各国のヒバクシャ運動関係者に送ったところ、とくにフランス核実験ヒバクシャの運動を続けている人たちから連絡や問い合わせが相次いでいます。
フランス核実験被害者運動の立役者のひとりであるブリュノ・バリオ氏(「平和・紛争研究資料センター(CDRPC)」代表。現在、ポリネシア自治政府顧問としてタヒチ在住)から、数日後に次のような連絡がありました。
情報を送ってくれてありがとう。
パペエテ地裁に提訴した元モルロア労働者8人の労災認定訴訟(1)で、うち少なくとも2人がリンパ腫なので、ちょうど良かったです。フランスの核関連職業病の制度は日本と同じではないし、条件も非常に厳しいけれども、裁判官は同じような案件について外国でどんな立場が取られているかも考慮するので、非常に重要です。
翻訳ありがとう。
— ブリュノ・バリオ
フランス本国の「元核実験要員協会(AVEN)」でも、メールなどの連絡網によって、このニュースが人から人へどんどん広がっているようで、詳しい情報の問い合わせも来ています。メールの同報配信先の中には、フランス核実験被害者訴訟を担っているJ.-P. テッソニエール弁護士の名前も見られます。この人は、フランスのアスベスト被害者訴訟を完全勝訴に導いた弁護士としてヨーロッパでも有名です。
ヒバク補償認定裁判
フランス政府によると、フランス核実験に動員された本国軍人や政府機関科学・技術者、民間人は計7万7千人にのぼるとされています。フランスでは、軍人や徴用兵など国防相管轄の人員の軍務中の傷病に対する補償は軍人傷病恩給の形で、原子力庁(CEA)や関連民間企業の文民の場合は一般の職業病補償の形で行われます。これまでフランス政府は、こうした補償請求のほとんどを「因果関係の証明が不十分」として不認定にしてきました。
しかし、AVENが2001年に設立されてから、同会の支援で国に補償不認定の取り消しを求める訴訟(フランスでは集団訴訟が認められていないためすべて個人による提訴)が相次いで起こされています。2008年1月現在、係争中の訴訟は364件にのぼっており、毎月十数件のペースで新たな提訴が行われているそうです(ブリュノ・バリオ氏からの私信)。そのなかにもかなりの数の悪性リンパ腫のケースがあるものと思われます。
これまでの各国のヒバクシャ運動の努力の結果、今回の認定以外に次のような悪性リンパ腫のヒバク補償が行われており、世界の趨勢になりつつあります(2)。
- 広島・長崎の原爆症補償の一部認定
- 最近の原爆症認定却下取り消し訴訟での悪性リンパ腫の補償を命じる判決
- アメリカの「放射線被曝者補償法2000(RECA2000)」による核実験の元実験要員やエネルギー省雇用者の職業病、風下住民などに対する補償
- 英核燃料会社(BNFL)など原子力関連企業労働者への放射線疾病補償制度
- 韓国原発労働者の悪性リンパ腫療養申請の勝訴
しかし、核兵器の独自開発を行い、巨大な原子力産業をかかえる「原子力大国」フランスでは、ヒバクシャの数が多数にのぼっていると考えられ、フランス政府はこれまでヒバク補償に対して非常に厳しい条件を課してきました。フランスの職業病リスト(Tableaux de maladies professionnelles)には悪性リンパ腫の記載はなく、これまでのところ認定例もないようです(3)。こうした厳しい状況の中で裁判闘争を続けるフランス核実験被害者にとって、今回の喜友名さんの職業病認定が加わったことは、非常に大きな足掛かりになります。
家族を養うため、無理をして働きに出る正さんに「仕事をやめて」と何度も反対。そのたびに正さんと衝突を繰り返したという。在りし日の正さんを思い出すと涙があふれ、「どうか早めにお願いします。認定を…」と声を振り絞った(4)。
この声は、フランス核実験バクシャをはじめ、世界のヒバクシャの声とも重なります。喜友名さんのご遺族をはじめ、支援の人たち、労災認定を求める署名をした一般市民の人たちの努力は、国境を越えて世界のヒバクシャの権利回復運動を前進させる力にもなりつつあると言えそうです。こうした「市民運動のグローバル化」は、今後ますます重要になってくるでしょう。
(注)——-
(1) 2008年5月にポリネシアでもフランス核実験ヒバク補償を求める初の提訴が行われました。
(2) 喜友名正さんの労災認定を支援する会パンフ「喜友名さんの労災認定を求める全国署名にご協力下さい」(2008年1月15日)などより。
(3) 私事で恐縮ですが、筆者は以前、喜友名さんの労災認定をめぐって厚労省と交渉していた支援の専門家から「フランスで悪性リンパ腫の認定例があると助かるので調べて欲しい」という要請を受け、いろいろ調べてみましたが、結局成果が出ませんでした(1件労災申請があったということは見つかりましたが、その結果は不明。AVENを通して労災専門の大学教授につないでもらいましたが、不在中か返事がありませんでした)。今回、喜友名さん認定がフランスで注目を集めているのは、その逆の流れといえます。
(4) 沖縄タイムス:2008年09月12日。