B. バリオ:フランス国防省の核実験被害者補償法案は世論を欺く詐欺
先にお伝えした、フランス国防省による核実験被害者補償法案について、被害者運動の立役者のひとりであるブリュノ・バリオさんがコメントを寄せています。以下はその訳文です。
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核実験被害者補償法はできても、補償を受けられる被害者はいない!
パペエテ、2008年11月27日
国防大臣は、「ル・パリジアン Le Parisien」紙へのインタビューで、核実験被害者補償法案の内容を明らかにした。まさに偽善と言うほかない。「救済してやるんだ」という国の姿勢もさることながら、核実験被害者への責任を認めたことさえも、核実験被害者に対する正義を踏みにじるものでしかない。
フランスの職業病制度は、疾病と核サイトに居たこととの間に関連を認める推定原則に基づいている。これに反して、今回国防大臣が提出しようとしている法案では、補償基金の支給を受けられる者は皆無になってしまうだろう。
モラン国防相は「一定の被曝閾値を導入し、それ以上の被曝を補償申請の対象とする」としているほか、核実験参加者の「被曝線量」は国防相の公文書館に保管されていると述べている。
まず、この発言は、1962年5月1日の事故(1)に立ち合っていた者を除くすべてのサハラ砂漠での核実験参加者について間違っている。ジュリアン・ド・ラ・グラヴィエール Jurien de la Gravière 国防省核安全特使(2)は、サハラ核実験での線量計は保管されていないとしている。少なくともグラヴィエール特使はこう述べることで、彼がセピア・サンテ Sépia Santé 社に委託した元核実験従事者の健康調査のさいに、サハラ砂漠での核実験に従事した者を調査対象から除外したのだった。
次に、仮に国防大臣が、グラヴィエール特使と科学・医学アカデミーの「彼の」専門家が提出した報告にもとづいてこの発言を行ったのだとすれば、年間100 mSv(ミリシーベルト)未満の被曝者では健康への明らかな影響はないことになる。国防省が発表した報告書「ポリネシアにおける核実験の放射線規模(La dimension radiologique des essais nucléaires en Polynésie)」で公表された数値(p. 253とp. 254)によれば、ポリネシアで大気圏核実験期間中(1966-1974年)に50〜200 mSvを超える線量を被曝した者は3名、地下核実験期間中(1975〜1996年)は0名とされている。
国防省が、このあまりにも小さい数値に依拠しないで、国際放射線防護委員会(ICRP)が定めている現行の放射線防護基準、つまり公衆に対する年間許容線量である1 mSvを適用することもあるかも知れない。この場合も、国防省は上記の報告書ですでに数値を公表している。これは、モルロアまたはファンガタウファ(3)で文民として働いていた者、または軍務に就いていた者の被曝線量である。これによると、大気圏核実験期間中に1 mSvを超える被曝を受けた者は1,594名、地下核実験期間中に1 mSvを超える被曝を受けた者は336名で、補償を受ける可能性のある者は計1,930名ということになる。ただし、これはこれらの要員が、運用政令(4)のリストに記載される疾病を発病しており、かつその被害者または遺族が補償請求を望む場合に限られる。
また、核サイトの放射線防護担当部が用いた被曝記録方法の問題もある。ポリネシア人労働者と本国からの召集兵の大多数は、線量計の携帯を「免除」されていたのだ。国防省は、現在自分の健康記録の開示を求めている元労働者に対して、「あなたは電離放射線を被曝するような任務には配属されていなかった」と回答している。つまり、線量計は配布されていなかったということであり、白血病やガン、心臓疾患などを罹患していても補償は受けられないということだ。モルロアの労働者でさえこうなのだから、線量計など聞いたこともないモルロア近隣のガンビエ環礁やツレイア環礁、東ツアモツ諸島の住民については、推して知るべしだろう。
モラン法案は、現在の放射線生物学の研究成果を完全に無視している。クリスマス諸島でのイギリス核実験の元従事者を対象にしたアル・ローランド、クロード・パルマンチエ両教授の研究や、国連の専門機関であるUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)の提言は、被曝や放射能汚染の生物の健康への影響に関しては、被曝量の「閾値」は存在しないとしている。モラン法案は、時代遅れであり、科学的データに準拠していないのである。
しかも、被害者団体はもとより、被害者側の科学者や弁護士は、モラン大臣の官房と1、2度面会して核実験の一般的な問題を話し合っただけで、この法案について何の相談も受けていない。これは民主主義を踏みにじるものである。
このように、推定原則を採用していないモラン法案は、世論を欺くことを目的とした巨大な詐欺であると言うほかない。われわれは、国がみずからの責任を認めたことは評価する。だが、それに対する国の補償はタダ同然なのである。