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ポリネシア核実験放射能汚染除去工事でフランス政府と地元自治体が合意

フランス政府は、2009年1月8日、1966〜96年にフランスが仏領ポリネシアで核実験を行ったさいの後方基地となっていたハオ(Hao)環礁の放射能汚染除去工事を、2009年4月から7年間にわたり、6000万ユーロ(約72億円)を掛けて行うことで、地元自治体と合意ました。

新たな放射能汚染除去工事の合意に署名するフランス政府代表とポリネシア自治政府代表

【新たな放射能汚染除去工事の合意に署名するフランス政府代表とポリネシア自治政府代表】

いまも残る放射能

フランスは1995年9月〜96年1月に6回の駆け込み地下核実験を行った後、すべての核実験の終結宣言を行いました。フランス政府は、それに続いて「核実験施設の撤去や放射能汚染の除去を実施し、原状復帰を完了した」と発表しましたが、現実には汚染された施設や機材が多数放置された状態で、元核実験場労働者らがつくる「モルロア・エ・タトゥ(モルロアと私たち)協会」などポリネシア住民から不安の声があがっていました。

 

反核・独立派のオスカー・テマル氏が大統領に当選した2004年から、フランス政府代表がタヒチに常駐し、元労働者や住民の健康調査、放射能汚染の監視・除去体制の確立などをめぐって、ポリネシア住民と長い交渉が続けられてきました。テマル政権誕生以来相次いだ政権交代の下でも水面下での交渉は続けられていました。その過程で、フランス政府は、ポリネシア側の要求に押し切られる形で、モルロア、ファンガタウファ両核実験場に最も近い有人の島であるツレイア環礁などとくに汚染の強い地域で、2007年5月から小規模な除染工事を実施してきました。

長い交渉の末の合意

2009年1月8日に、フランス政府と仏領ポリネシア自治政府、ツアモツ列島自治体の三者が合意した、総額6000万ユーロの今回の除染工事は「これまでのような小手先の追加工事では話にならない」として、抜本的な対策を要求してきたポリネシア側との間で初めていちおうの合意に達した具体的な一歩といえます。

工事の中心となるのは、ポリネシアでの仏核実験の実施機関である太平洋実験センター(CEP)の後方基地が設置されていたハオ環礁です。ここは核実験場ではありませんが、核実験用の核物質を扱ったり、大気圏核実験の際に放射能の雲に突っ込んで汚染された観測用航空機を洗浄したり、核物質の挙動を調べる各種実験が行われるなどしており、かなりの汚染が確認されています。

合意締結のフランス本国側代表のアドルフ・コルラ高等弁務官は「われわれはこれまで7カ所のサイトで除染工事を行ってきたが、これからハオで行う工事はこれまでの除染支出総額の10倍の規模をもつ」と、フランス政府の力の入れようを強調しています。しかし、今回の工事予算が72億円ですから、逆に見ればこれまで7億円ほどしか除染工事に使ってこなかったということになります。7億円といえば、日本でいえば(国際相場よりも工事費が高いとはいえ)せいぜい中規模のマンション一件分の工事費にすぎません。とはいえ、地元では「この工事が公共工事として地域経済活性化のカンフル剤になってほしい」と期待する声もあります。

安全への道遠い

ポリネシア住民がいちばん心配しているのは、モルロア、ファンガタウファ両環礁に大量に溜まっている放射能です。両環礁の地盤は、海底火山の隆起の上に珊瑚礁が厚く堆積して出来た石灰質で、非常に脆いため、当初から大量の放射能を長期間封入するには不適と見られていました。にもかかわらず、フランス政府が大気圏核実験場をそのまま地下核実験場として継続使用した理由は、新たな核実験場を建設するコストを節減するためでした。モルロア、ファンガタウファ両環礁では、核実験が始まった当初から直径数百メートルの地盤沈下や、数キロメートルにわたる亀裂が多数生じていました。1979年7月には、モルロア環礁で海中の環礁斜面が長さ数キロメートル、数百万立方メートルにわたって崩落し、それによって生じた津波で実験要員7人が重軽傷を負う事故が起きています。環礁の地下は海水が浸透しているため、放射能が水の移動とともに染み出しているのも観測されています。

先の「核実験被害者補償法案」に続いて、今回の除染工事予算の拡大と、サルコジ政権下でフランス政府の態度は若干変化の兆しを見せていますが、いずれも被害者や住民の要求からはまだまだほど遠いもので、前途はまだ遠いと言わざるを得ません。

出典:Tahitipresse 2009/01/08

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